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実家は関西にあり、私は結婚をして九州に住んでいます。父が病気になったときは、一番下の子はまだ6か月でした。

そのためなかなかお見舞いに行けない私は、父に毎日メールを送ることにしました。

胆管がんになった父

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父は60歳を過ぎてから体調を崩し初めて手術をしましたが、思った以上に悪い状態だったそうです。

病名は、胆管がんでした。

わかりにくい病気だそうで、ある日突然具合が悪くなり体に黄疸が出ました。
すぐに病院へ行きましたが、先生は母にもう死にかけていると言いました。

母はびっくりして、兄には連絡を入れたものの、私には心配かけないと連絡してくれませんでした。

何とか一命はとりとめ一時退院ができましたが、そのときに初めて私に話をしてくれました。

 

どんどん衰えていく父

病気と戦った約8か月間のうち、父に会いに行けたのは3回でした。子供が4人いて、遠距離のため難しかったからです。
一緒に過ごせたのは、そのうちの1か月ほどでした。

私は、メールで父を励ますことを思いつき、少しでも病気のことを忘れることができるように、子供の近況や私の考えを送りました。

父も何度かメールをくれました。

弱音を吐かない父は、どんなに苦しい治療でも嫌とは言わず、痛い辛い表情もしないで乗り越えていきました。

父は、進行がんでどんどんがんが体中に広がっていきました。

そのため、亡くなる前の4か月間は食事ができない状態でした。がんで詰まっているために、少量の水分しか通らなくなってしまいました。

 

父から届いた最後のメール

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父から最後にメールが来たのは、亡くなる1か月前のことです。

一番下の息子がアレルギーがあることがわかり、父に相談した後に届いたメールでした。

父母と一緒に終末期に入ったことの説明を受けて、もう延命治療はできないと話を聞いたころです。

もういつ死ぬかわからない覚悟するようにと言われていましたが、その後の父は体が持ち直し退院できました。
もちろん最後は自宅で過ごすという配慮からです。

家から2キロの道のりをゆっくり歩いて体力をつけると頑張る姿もありました。

「しょうちゃん(息子)も食事制限あるが、流動食だけのおじいちゃんは本当に惨めです。元気に育って早く奈良に来て欲しいです。」

しばらくして冬休みになり、子供たちを連れて会いに行き、やつれた父の姿に驚きながらも父はとてもうれしそうでした。

最後の10日間一緒に過ごせて幸せでした。

このメールは、私の宝物です。