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私の父が急死で亡くなったときに父の友人の方々が取った行動について私が感動したこと。

また父の偉大さについて改めて考えされたことについて記します。

突然訪れた尊敬していた父親の死

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私は、父を東日本大震災の二日後に急死しました。

父は元々持病を持ってはいましたが、規格外のバイタリティを持った人で、母も妹も私もあの日の父の急死を予測することはできませんでした。

父は若い頃、無一文に等しいような状態で身一つで欧州に渡り、心身に障害を持つ子供の施設で働くなど、普通の日本人にはあまり見られないグローバルで規格外の行動力を持った人でした。

外資系の航空会社の営業職として長年勤めて延長雇用を経て62歳で退職するまで、常に第一線で活躍していました。
父は超社交的で交友関係が広く、人との交流を大切にしていました。

 

震災の二日後の出来事

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震災の二日後の日、父は自ら車を運転して都内の方に出向いていました。

カナダから来日中の日本人夫婦の方や友人の方とカナダで流行っていたカービングとう木の皮を彫刻するイベントを主催するためにです。

そして、その日の夜に友人夫婦の方と食事中に気分が悪くなり帰宅することになり、帰路のタクシーで他界しました。

この状況を知った瞬間、家族と私のショックは計り知れないものでした。

人それぞれ大切な人を亡くしたときの辛さは当人しか分からないものです。

 

父の死後訪れてくれた人々

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ショックでどうにもならない状況の中で、カナダから来日中の日本人夫婦の方と父の親友の方がすぐに実家に駆け付けてくれました。
彼らの悲しみようは私たちと家族と変わらないものでした。

父の通夜には震災から一週間くらいしか経過しておらず交通も回復しきっていない中で200人くらいもの人が訪れてくれました。

また後日、父の学生時代の友人の方がデンマークから来日して下さり墓参りに訪れてくれました。

墓前で涙を流して父の死を悲しがってくれた姿に私も涙しました。

その後も、父の親友の方が何度も父のためのゴルフコンペを開いてくれて、今でも父との昔話に花を咲かせてくれています。

 

父が死んで思う事

私は父に対しては規格外の世界を持つ人として尊敬していましたが、その人望の大きさには亡くなった後でもずっと感じさせられると同時に、自分の父親がこんなにも偉大な人であったことに幸せを感じています。

急死という別れ方により、腹を割った話も、感謝の気持ちを行動で返すこともしきれなかったことはこの先も心残りです。

しかし、常に前向きで人への気配りを怠らなかった父の姿を忘れずに、私自身の人生に生かしていきたいと静かに心に秘めています。