夜のお仕事でナイトパブが当時20年前位は流行っていました。

人気があればお給料も高く高時給も望めるバイトですが人気がないと厳しい世界です。

今も私の心に残っているエピソードをご紹介します。

私が働いていたパブクラブ

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夜の池袋の繁華街の中に、当時私が働いていたパブクラブはありました。
夕方から明け方の4:00までの勤務で女の子と男子の数名は働いていました。

入店した頃はアットホーム的なイメージと雰囲気があり、私は楽しくやっていました。

私の仕事は、ホールの雑用業務です。
主な仕事はお客さんが食べたお皿を下げる事から灰皿を交換したりと今で言うボーイの仕事です。

パブは夜の仕事では知名度は高いと思います。当時はクラブ、キャバレーの次くらいになります。
時給は当時でも1500円くらいホステスさんは貰っていたと思います。

もちろん、男子は時給1000円ぐらいの給料設定になります。
ただ、この様な仕事で嬉しいメリットは、お酒は只で飲めたりつまみも食べられます。

運が宜しければホステスさんがお客さんに閉店後に誘われた時に、いっしょに声を掛けてくれます。

近くの焼肉店やラーメン店など、居酒屋などに連れて行ってもらったり楽しい思い出です。

 

突然解雇になったホステス、そしてママの言葉

ある日の夕方、ホステスが出勤した業務の前に社長みずから来店されました。
そして出勤され数名のホステスが、いきなり当日に解雇になったのです。

働いていたホステスの中でも人気がなかったホステスですが、夜の仕事の厳しさを当時は知らなかったのです。

私はまだ20代全般と社会を知らない青二才でした。
うそ?こんなのあり?って感じです。

ホステスの上のは雇われママや副ママ(チーママ)がいますが、そのチーママが社長に掛け合い直談判もしましたが、結果を言えば無理でした。

そこで、いままで1、2年と着いて来てくれた部下ホステスが解雇されたので、チーママも自ら辞表を出し退職したのです。

その時の心に残った言葉は

「楽しい時に笑うだけではなく、辛い時もいっしょに泣ける仲間が解雇されたので、私もお店には残れない!」

心揺らす言葉でした。

20年程前の話ですが、今でもこの言葉は私の中で心に残っています。

その後、私はチーママと20年の親交をさせて頂いています。